| 思い起こして見れば、子どもの頃からいつも居場所を探していた。 修学旅行でバスに座る場所を自由に決めたりする時…体育の授業でダンスの相手を自由に決めたりする時…「一番仲良しとペアになって」と先生は言う。そんなときいつも決まってペアからあぶれて一人取り残されてしまう。僕はそんなタイプだった。
何故、先生が決めてくれないんだろう?といつも思った。教師ってどうしてあんなに無神経なヤツが多いんだろう? それから…。僕は幼稚園にきちんと通っていない。何故入れてもらえなかったのかは今となってはわからないけれど、きっと貧しかったのだろうと思う。年長組の途中から入園した。十ヶ月保育だと聞かされた記憶があるけれど実際はもっと短かったかもしれない。6歳になって初めて団体生活に入った僕はどうしても上手くみんなに溶け込めなかった。幼稚園とはいえ、すでに二、三年の時間を積み重ねた人間関係の中には、子どもたちだけにわかる独自のルールが存在し、上下関係や派閥らしきものがあった。僕は誰を友だちにすべきか、誰と友だちにならないようにするかが判断できないまま孤立していった。
入園して早々のある日、遠足で潮干狩りに行った。そこで何があったのかは思い出せないけれど、何か嫌なことが起こって、僕はみんなの輪から完全に外れた。一緒についてきてくれた母親は「お友だちと仲良く遊びなさい!」と何度も僕の手を引っ張っては叱ったけれど、僕は拒んだ。始めのうちは手招きをしてくれていた女の先生も、やがて諦め、僕に声をかけることをやめた。結局、海岸には一切近づかず、砂浜に下りることもなく、貝を一つも拾うことなく堤防沿いを延々と歩き続けた。その1メートルくらい後ろにはずっと母親がついて歩いていた。僕は泣いていた。
その時、僕を傷つけるどんなショッキングな出来事が起こったのか?どうしても思い出せない。記憶の一部が完全に欠落してしまっているみたいだ。約30年後、母親が亡くなり形見となった古いアルバムからその時の写真が出てきた。記念に撮った集合写真だが僕一人だけがみんなから離れ、左端でうずくまりそっぽを向いている。最後列では母親が少し悲しそうにカメラを見つめている。写真というのはこうして残っていくから怖いものだ。
僕は今も海が大好きだけれど、あれ以来、潮干狩りには行ったことがない。 その週末の夜、僕はそんな話しを駆け出しカメラマンのヨーコに打ち明けた。
「わかるよ。言ってること。なんとなく、わかる気がする」 頬杖をついたヨーコはタバコの煙を天井に向かって吐き出しながら、珍しく僕に同意してくれた。いや同情だったのかもしれないが。
僕は彼女の撮る写真が好きだ。今はアシスタントだから自ら仕事としてシャッターを切ることはまずない。いつもセンセイに怒鳴られながらフィルムを交換し、ライティングをセットし、両肩一杯に重い機材を担いで走り回る。ここ数年腰痛に悩まされていて、僕が知り合いの鍼灸院を紹介したことがある。以来、何となく親密になり、何度かバンドのライブ写真をアルバイトで撮ってもらったりした。彼女の作品で『日だまりのベンチに佇む老夫婦』の写真を見たときの感動は忘れることができない。モノクロのキャビネ版に焼き付けられた光と影の、一片の切り取られた世界。それは息を飲むほど美しかった。その瞬間、僕の大好きな、ポール・サイモンの「ブックエンドのテーマ」が頭の中で鳴り響いた。まさに音のある風景だ。 その居酒屋はヨーコの行き付けの店だったが、いつになく込み合っていて、狭いカウンターの一番奥に並んで座った。でも何となく落ち着ける場所だった。トム・ウェイツの酔いどれブルースがスピーカーから流れてきた。なかなかイケてる店じゃないか。
その日の僕はいささか喋りすぎたように思う。新しく結成したバンドのこと、離婚後の一人暮らしのこと、娘に渡したいプレゼントのこと…。自分のことが聞いてほしくて仕方がない、そんな気分だった。
ビールからジントニックへと、かなりのハイピッチで飲んだせいか、酔いが回っていた。 ヨーコが店の入口で手渡してくれたクスリの相乗効果のせいかもしれない。
「これを一錠飲んでおくといいよ。効き目絶大! すぐ酔える」 「これ何て書いてある?・・・ソラナックス?」 「今通ってる病院でもらってるの」
「トランキライザー??疲れてるんだ」 「ま、色々あるわけよ。これ一粒で二倍酔えるから安上がり! あなた貧乏なんでしょ」 確かに・・・それを言われると身もフタもない。 「最近、アタシ、思うんだけどサ」
ずっと聞き役に徹していたヨーコがゆっくりと言葉を探しながら話し出した。 「最近ファインダーを覗いていて思うことがあるんだけど、上手く言う自信ないんだけど、何て言うかサ・・・」
僕は何も言わず、自分の指先を見つめたまま、言葉の続きを辛抱強く待った。 「フレームのサイズでしか伝えあえない、というよりフレームがあるから何とか伝えあった気になれる、みたいな。わかるかナ?」
「ごめん、よくわかんない」僕は正直に答えた。 「この目で見るがままの全てを伝えることは不可能でしょ」 「視界ということ?」 「そう、限界があるから。この目に飛び込んでくる全ての映像は伝えられない。写真は切り取られた風景に過ぎない」
ヨーコはそう言うと、店内をぐるりと見渡してからそっと微笑んだ。 「ウン、それはわかる」 「今この瞬間に同時に起こっていること、全てを伝えようなんて考えちゃいけないんだなって…。何を言ってるんだか、ンム、、わかんなくなってきた」
「例えばこういうこと? さっきの潮干狩りの写真でもそう。そっぽ向いている僕しか写っていないけど、実はそのまわりには、、、」 「そう、実は、あのシャッターを押した瞬間の前にも後にも、フレームアウトした天地左右にも物語があって真実が隠されている・・みたいな、ハハハ」
「僕らの目に今映っている全てのシーンは、視界というより体験だからね。その空間にいる人にだけわかるもの、でいいんじゃないの」 「じゃあ、あなたもわからなくていいってことよ。あの潮干狩りの事件。あなたが何に傷ついたのか? その答えはフレームの外にある。でももう探せない。記憶にないってことは、忘れてもいいってことだよ。そう思いませんこと?」
そうだよな・・・僕はしばらく考えた。でもうまく言葉が見つからなかった。ヨーコのタバコに手を伸ばし、百円ライターで火を点けた。久しぶりのタバコは妙に苦い味がした。紫色の煙がゆっくりと天井に昇っていく。「枝豆」からかなり後れて「ミックスナッツ」が運ばれてきた。(出てくる順番が逆じゃないのか???)
「例えば、あなたのことを見るとする…」 ヨーコは僕に向かってカメラを構えるフリをした。僕はとっさにピースサインで応えた。 「あなたのアタマからつま先まで、全てを写そうとすると、遠く離れなきゃ収まらない。でもそれでは表情とか毛穴まではぼやけちゃって見えない」
「毛穴??」 「例えばってこと。大した意味はないの」 「所詮一部しか見えないってことだね。全てをクリアに見ることはできない」 「だからといってズームで寄れば、毛穴は見えても、首から下は写らない、わからない」
「顔は笑っていても、実は、手にナイフを握りしめているかもしれない」と僕。 「実は、パンツを下ろしてるかもしれない」とヨーコ。 「いくらなんでも、それはないよ」僕は苦笑いで答えた。
「あなた、最近セックスしてるの?」 「僕と、もしかして、やりたいわけ??」と言い返した時、ヨーコの携帯電話が鳴った。着信メールをチェックするヨーコの横顔が少し曇り、そして振り向きざま力のない笑みを浮かべる。皆いろいろ抱え込んでいるらしい。奥のテーブルでは中年のサラリーマンたちが何に腹を立てたのか、声を荒げてわめき散らしている。「面白くないんだったら、今すぐ辞めちまえ!」。相変わらずの都会の喧騒…。
「で、なんだったっけ?」とヨーコは振り向きざま言った。 「いや、何でもないよ。それより連絡しなくてもいいの?」 「大丈夫。後からで。じゃ、話しの続きを・・・」
でも、その話しに続きはなかった。彼女はとても疲れていて、それ以上言葉は見つからなかったのだ。ヨーコも僕も、そろそろ独りの部屋に戻る時間だった。午前2時。店内には今こそチャンスと言わんばかりに「蛍の光」のメロディーが流れ出した。それぞれの居場所に戻り、各々が抱えている各々のトラブルのお世話をする時間が来ていたことは、互いに何も言わなくても承知済みだった。
「じゃあ、また。テキトーに電話してネ」 「メール入れるよ。お互い頑張ろう」 居酒屋を出て最初の交差点の角で手を振って別れた。その時あらためて、ヨーコという女性が、僕の想像以上に華奢で端正な顔立ちをしていることに気付いた。カメラマンでなくモデルに、すなわち「撮られる側」になっても結構イケルんじゃないか、と思ったけれど、その言葉は胸の奥にそっと押し込んだ。 正直に言えば、僕はその夜「ヨーコを抱きたい」と思った。決して彼女を「抱きたくない/抱いてはならない」とは考えていなかった。もし全てのタイミングが重なり合っていたら、その時、奇跡のように訪れる瞬間の一体感、それは素晴らしいものに違いないし、セックスとはそんなもの=一瞬の奇跡=だ。全ての条件が整ったときに現れる稲妻の煌めきのような喜びは、綿密にシナリオを書き上げて、役割を演じるようなものではない。それは瞬時に訪れ、どうしようもなく巻き込まれてしまうものだ。
でも、その夜の衝動は、夜明けまで続くものではなかった。 時々押し寄せる感情の波がいかに壮大で魅力的なものだったとしても、それは永遠ではない。それだけは何となく分かってきたのだ。「永遠」とは、きっと、もっと静かで平和で穏やかなものなのだろう。
それにしても、あの時、ヨーコが僕に重大なヒントをくれたことは確かだった。 僕はもっともっと、いろいろなモノの観方を学ばなければならないのだ。
そのために何度もファインダーを覗き、レンズを絞り、時には脚立の上に立ち、時には地を這いずってシャッターを何回も切らなきゃならない。どれだけのフィルムを無駄にしたとしても。座り込んでボンヤリ眺めているだけでは、何も見えない。何も写らない。何も、誰にも伝えられない。
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